ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR)

【前編】経済安全保障時代のインテリジェンス〜その本質とサイバー空間の挑戦(ゲスト:稲村悠 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事)

ジョーシスサイバー地経学研究所

経済安全保障リスクが経営の根幹を揺るがす時代、企業は押し寄せる情報の波をいかに乗りこなし、羅針盤とすべき「知」を手にすることができるのでしょうか。「インテリジェンス」という言葉は頻繁に聞かれるようになりましたが、その本質的な意味や実践方法について、いまだ理解が進んでいません。ただ情報を集めるだけの活動で、激化する国際競争や地政学リスクの荒波を乗り越えることはできるのでしょうか。

今回は、日本カウンターインテリジェンス協会代表理事の稲村悠さんをゲストにお招きし、「企業インテリジェンス」の核心について、サイバーセキュリティの視点を交えつつ解き明かします。

前半は、単なる情報収集にとどまらない戦略的な「インテリジェンス・サイクル」の重要性から 、OSINT(公開情報)やフェイクニュースが氾濫する「ポスト・トゥルース」時代に求められる情報の「目利き」について議論しました。

■□ ハイライト □■

インテリジェンスの本当の意味: 「インテリジェンス」とは、単なる情報収集活動ではありません 。知識・活動・組織という3つの側面からその本質を解き明かし 、企業の意思決定に貢献するための戦略立案から分析、活動展開までを含んだ一連のサイクルこそが重要であると解説します 。

「ニュースクリッピング」の罠: なぜ目的のない情報収集は失敗に終わるのか 。企業の具体的なニーズや戦略と結びつかないまま、ただ地政学ニュースを集めて報告するだけでは、価値あるインテリジェンスにはならないという典型的な失敗例を挙げ、その構造的な問題を考察します 。

情報化時代のパラドックス: サイバー空間の発達で情報が氾濫する現代において、なぜ「旧来のインテリジェンスサイクル」が逆に価値を帯びるのか 。誰もが情報にアクセスできる時代だからこそ、要求・収集・分析・報告という規律あるプロセスが、組織の混乱を防ぎ、情報を真の洞察へと昇華させる生命線となることを語ります 。

ポスト・トゥルースを乗りこなす: フェイクニュースや出所の怪しい情報が溢れる中で、企業はどのように真実を見抜けばよいのでしょうか 。声の大きい情報が真実を覆い隠す「ポスト・トゥルース」の時代を乗り切るための情報の「目利き」の重要性と、その防衛策としてのインテリジェンスの役割を解き明かします。

<ゲスト・プロフィール>

稲村 悠(いなむら・ゆう)さん 

日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事、Fortis Intelligence Advisory株式会社代表 

大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『カウンターインテリジェンス──防諜論」(育鵬社)、『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)

■□ 収録後記 □■

稲村さんとのお話を通じ、「インテリジェンス」という言葉が持つ本来の重みと深さを改めて痛感しました。それは単なる流行りのビジネス用語ではなく、組織の意思決定の質を左右する極めて体系的な営みです。

特に印象的だったのは、情報が民主化された現代において、最新のツールを追い求めること以上に、むしろ規律ある古典的なプロセスに立ち返ることの重要性を指摘された点です。目的なく集められた情報はノイズでしかないというお話は、日々大量の情報に接する我々全員にとって、耳の痛い真実だったのではないでしょうか。

また、「ポスト・トゥルース」という言葉に象徴されるように、何が真実かを見極めること自体が困難な時代になっています。そうした中で、情報源を問い、論理的な裏付けを求めるというインテリジェンスの基本作法は、ビジネスの世界だけでなく、我々が社会と向き合う上でも不可欠な作法なのだと感じました。

今回の前編は、後編で語られる具体的な脅威を理解するための重要な土台となります。自社の「知」のあり方を見つめ直すきっかけとして、ぜひお聴きいただければ幸いです。

なお、稲村さんの新刊「謀略の技術-スパイが実践する籠絡(ヒュミント)の手法」は9月8日に発売予定です!

(ホスト:JCGR 川端隆史)